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島田楓さん 2015年2月生

カンボジアに来る前から不安を訴え、カンボジアに来てからも不安に駆られ続け、「2日に1度はイオンモールに行って回復する」といっていた楓さん。

しかし、最後の2週間にイオンモールに行くこともなく「あと○日しかない!」とあせるようになり、最後の日には多くのカンボジアの人たちと別れを惜しんでいたでござる。

彼女をここまで変えたのはなんだったのか?サムライ君が聞いてみたでござる。

 

Q.サムライカレーで学んだことはどんなことでござるか?

経営面から学んだことで一番印象に残っているのが、
「欧米人は寿司が6個3$でも3個3$でもお金を出してくれる。一方でカンボジア人は寿司に3$どころか2$でさえも買うのをためらう」
という実体験です。

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これが意味するのは、寿司の認知度、金銭感覚、日本というブランド力など、ひとつのものを売るだけでも、たくさんの要素が絡み合ってくるということです。
例えば、欧米人はほとんどの人が寿司を知っていましたが、カンボジア人の認知度は50%程度のようです。確かに、2$もあればお腹いっぱい食べられる環境にいる人が、わざわざ得体の知れない食べ物に3$も出す必要性を感じないのはもっともです。このようにあらゆるニーズをどう満たしていくかの難しさや重要性を知りました。

また、私は最後の最後に大失敗もしました。「欧米人には寿司が人気なら、手巻きずしも絶対ウケる!」そう思い、寿司ブッフェを企画し、1週間を費やし万全の体制を整えていました。お客さんが来すぎちゃったらどうしようなんて心配もしていましたが、期待は裏切られ、1組しか来てくれませんでした。

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その最たる原因は、生魚を用意しなかったことだと思っています。先ほども述べたように、欧米人にとって寿司はもはやメジャーな食べ物なのです。寿司を謳っておきながら、カニカマ、トンカツ、きゅうりなど寿司とは言い難いネタしかないのは、我々にとって「BLTサンドのはずなのに、ハム、キャベツ、トマトって何か惜しくない?」という感覚なのだと思います。(笑)

つまり私たちはどんなニーズがあるかちゃんと考えられていなかったということです。確かにこの企画は大失敗に終わりましたが、リスクを恐れず挑戦したことに意味があると思っています。結果はよくなかったけれど、2人でこれを企画する過程がよくなかったとは思いません。

日本の社会では失敗が命取りになってしまうため、挑戦することをためらってしまうという話を聞いたことがあります。このような保守的な姿勢がイノベーションを起こせるはずがありません。カンボジアのような東南アジアの国々が著しい経済成長をしているなかで日本が対抗していくには、イノベーションが重要なキーワードになってくると思います。今回の失敗を通して「失敗を恐れない姿勢の大切さ」を学んだことは、今後自分が世界を相手に仕事をしていこうとする中で最強の武器になるはずです。

Q.サムライカレー1か月で、自分自身が成長したと思う事はどんなことでござるか?

私はカンボジアに到着した日、「自分はなんてやばいところに来てしまったんだ・・・」と本当に後悔しました。日本にいれば暖かくてきれいなお風呂に入れる、お腹をいつ壊すんだろうと気にしないでご飯も食べられる、ぼったくられるんじゃないかという心配をする必要もない、それなのになぜわざわざお金を払ってこんな環境に1か月もいなきゃいけないのか、来た初日から帰る日までをカウントダウンしてその日数の多さに涙しました(笑)

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そんな私が1か月も経てば、トゥクトゥクの勧誘を断ったり、値段交渉をスマートにこなし、部屋に出たヤモリを可愛いと感じ、お隣さんの旧正月パーティーにいきなり参加したり、スーパーのカンボジア人ドアマンと友達になってその周辺のプチアイドルになったり(!?)して、帰るのが寂しいなんて感じてしまったのですから、初日の自分と同一人物とは思えない、適応力のある自分に成長を遂げることができました。

特にマイナス方向(辛いこと、大変なこと)への適応力を身につけたというのは、かなり大きなアドバンテージだと思います。

Q.なぜ、そのような成長ができたと思うでござるか?

このような自分に変われた理由は3つあります。

まず1つ目は「自分の中の許容範囲が広くなった」ということです。

カンボジアで感じたのは、日本で生活をしていると、極端に許容範囲が狭くなっているということです。いわゆる平和ボケです。
最高水準の生活に慣れていると、なかなか水準を下げるのは難しいことです。私も自分の許容範囲が狭かったから、こんなところで生活なんかできるかよと思ったのです。ただ、1か月も生活していると正直慣れます。慣れちゃえばこっちのものです。

「若い時の苦労は買ってもせよ」とはまさにサムライカレーのこと。私はもう学生のうちにカンボジアでの生活に慣れ、外国の習慣を受け入れる耐性は身についたと感じています。きっと大人になっても、そこの壁はあまり感じずにいられるはずです。

そして2つ目は「郷に入って、郷に従った」ということです。

カンボジアでの生活を楽しいと思えるようになったのは、「郷に従った」からだと思います。日本の常識はあくまでも日本のもの。日本が正しいなんてことはないのです。自分たちはあくまでも「外国人」なのですから、日本のものさしを使うことはおかしいのは当然のことです。
そして、先に述べたことと似ていますが、日本の常識を使わずに物事を見ると、とても心が広くなり、楽になります。(笑)

3つめは「笑顔を忘れなかったこと」が自分を強くしました。

屋台販売、誰も相手にしてくれなくても、笑顔だけは忘れませんでした。

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言葉が通じない以上、もう表情で訴えるしかなかったのです。不安そうな顔、疲れた顔をした外国人なんて怪しいに違いありません。
また、カンボジア人には愛想がいい人がとても多いです。目が合っただけで微笑んでくれる人に何人も会いました。このような言葉のないちょっとしたコミュニケーションから、いつの間にか友達になっているなんてこともありました。最後にその人たちが私との別れを惜しんでくれたときは、本当に別れが辛かったです。

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Q.「まだ自分には足りない」と感じていることはあるでござるか?

「とっさの行動力」というのが極端に自分には足りず、1か月間の研修を終えた今も身につけきれなかったものだと後悔が残ります。
というのも、サムライカレーの研修ではとっさの行動力を要する場面が多々ありました。寿司が売れないから場所を移動したり、店頭に貼る広告のサイズを自分で決めたり、通りかかった人に話しかけたり、簡単なように見えて、どれも小さな勇気が必要でした。

自分の行動でよくなかったのは、実行しようか迷ったときに実行しなかったことです。結局自分の行動に自信を持ちきれなかったのが原因です。ただ、サムライカレーでつくづく感じたことは「考える前にとりあえず行動!」、この瞬間的な行動力がおもしろいものを作るということです。
自分ももっと積極的にいきたいという思いといろんな雑念が入ってきてしまうジレンマがあったので、「迷ったらやる」そんなマイルールを作ってみようと思います。

Q.今後、どんなことに取り組みたいとおもうでござるか?

これからもなんらかの形で東南アジアに関わっていたいという気持ちがいっそう強くなりました。他の東南アジアに国々にも行き、その国ごとの常識を理解しながら、自分の許容範囲の幅を広げていきたい。そして最終的に成長を続ける東南アジアに日本がどう太刀打ちしていくのか、それを考え、実行できる人になりたいです。

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ノースキル私立文系学生として英語が話せるというのはもちろん、どこででもやっていける力なども身につけて、「もうノースキルとは言わせない」と胸を張って言える学生を目指します!!

サムライ君からひとこと

彼女は、歴代のサムライカレー卒業生のなかで、最も1日目と最終日で変わった人かもしれないでござる。

「知らない」ことは不安だし「経験したことがない」ことは恐怖でしかありません。でも、実際に体験すると「知っている」こととなり「経験のある」ことになり、無駄な不安はなくなるでござる。

それを体験してしまえば、あとは、強い。
一度「不安」を「大丈夫」にひっくり返した経験さえできれば、次からは「不安」なことに飛び込んでいく勇気が生まれて、行動力が飛躍的に伸びていくのでござる。

彼女の成長は、最終日に別れを惜しんでくれたカンボジア人の人たちが証明してくれている。そして、これからの大学生活、そしてそのあともどんどん行動して、成長しつづけていってくだされ!

 

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